デス・オーバチュア
第17話「世界一の武器職人にして武器マニア」




日の光の一切届かない鍾乳洞。
だが、そこは闇ではない。
自ら黄金色に光輝く『海』が存在しているからだ。
黄金の海の中から一人の女性が姿を現す。
蒼い髪と瞳の美女、ケセド・ツァドキエルだった。
一糸も纏わぬ姿のケセドは海面を歩き、ゆっくりと岸へと向かう。
「いつ来ても、冷気が心地よい場所ですね、ここは……部屋の中とは思えない」
長い黒髪の牧師のような格好をした男コクマ・ラツィエルが当然のように岸に立っていた。
「ここは……要は風穴ですから、内部の温度が外気より低いから冷気を感じるそれだけのことです」
岸に到着したケセドが体を軽く振る。
すると、髪と瞳と同じ蒼色のいつものドレスが出現し、ケセドの体に装着されていた。
「室内プールならまだしも、空間ごと海を室内に持ってくることもないでしょうに」
「全てはビナーのためです。本来この海がある場所に一々帰ってはいられませんからね」
「まあ、そうでしょうね……で、珍しく『お一人』になったあなたはこの後どうされるのですか?」
「命があるまで、私も、私にとって癒しになる場所で待機さてもらいます」
「なるほど、では、私も途中まで御一緒させていただきましょうか」
コクマはケセドの横に並ぶ。
「……なぜ、ついてくるのですか?」
「あなたの保養地はクリスタルレイクでしょ? あそこは、これから私が行こうと思っている場所の通り道ですから」
「…………」
ケセドは諦めたような表情でため息を吐くと、コクマとの距離をとるかのように足を速めた。



中央大陸の最西。
緑と青の境界線にそったまま大陸の端を目指すように突き進むと、その場所に辿り着く。
クリスタルレイク。
中央大陸一の透明度を誇る古代湖。
七つの国が生まれる遥かな昔、大陸が今の形をなす以前から、存在し続ける美しい湖だった。


「……こんな所に連れてきてどうするつもりだ?」
ネツァクは、湖に手をつけて遊んでいるネメシスの背中に話しかける。
「ん〜? クロスとかいう娘から聞いたことないの? ん〜、冷たくて気持ちいい〜」
「なぜ、そこでクロスの名が……まさか、そういうことか?」
「うん、そういうこと。凄いくだらないでしょ?」
ネメシスは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「…………」
ネツァクは紫の魔性の瞳でじぃっと湖面を見つめる。
「無駄ですよ、あなたの瞳は破壊するモノ、そして、まやかすモノ……探るモノでも、見抜くモノでもありません」
林の中から、コクマとケセドが姿を現した。
「……どういう意味だ?」
「あなたの瞳の能力は幻にして破壊、まやかしを見抜く能力は持っていないでしょ?」
コクマは、ネツァクとネメシスよりも前に出ると、湖面を見つめる。
湖面はどこまでも透き通っていながら、底は決して見えなかった。
「普通の目では、底の知れないただの透明な古代湖ですが……」
コクマは懐から黒いステッキ(西方式の杖)を取り出すと湖面に浸ける。
ちなみに、ステッキが懐に入る長さではない、などというツッコミを入れる者はこの場には誰も居なかった。
湖面にゆっくりと街の姿が浮かび上がっていく。
「クリアレイクがクリアに繋がっている、この馬鹿馬鹿しい事実、あなたは知っていましたか、ケセドさん?」
コクマは視線は湖面に向けたまま、背後のケセドに尋ねた。
「私を誰だと思っているのですか? 水に関することで私が解らないことなどありません。それに、ここはこの大陸で一番の私のお気に入りの場所です」
「そうでしたね。では、ネツァクさんにネメシスさん、ゲートを繋げましたのでどうぞお通りください」
コクマは優雅な動作で二人をうながす。
「…………」
「ありがとう、コクマ様、お陰で手間が省けたよ」
ネツァクとネメシスは迷わず湖に飛び込み消え去った。
それを確認するとコクマはステッキを湖面から離し、懐にしまい込む。
街の景色が消え、湖面は元の透き通った水面に戻った。
「……貴方は行かないのですか?」
「そうですね、ケセドさんの沐浴でも眺めてからにしましょうか?」
「…………」
ケセドの右手に漆黒の槍が出現する。
「この槍は貴方を射抜くことを迷いはしない……千の矢じりを喰らってみますか?」
「丁重にお断りしますよ。では、私は正攻法でクリアに行くことにしますか」
「正攻法?」
「ええ、素直に上から行きます」
コクマの親指は上空を指さしていた。




クリアは人を拒まない。
来る者は拒まず、より正確に言えば、クリアにまで来られる、辿り着けれる者だけは拒まないのだ。
基本的にクリアに辿り着く方法はたったの二つしかない。
中央大陸に僅かに存在する『ゲート』を見つけるか、遥かな空の彼方に存在する浮遊都市に自力で辿り着くか……だ。


「空中都市というより、宙に浮かぶ島だな……」
ネツァクとはネメシスは山を登っていた。
「もしかして、山登りさせられたことを怒ってる?」
「……いや、別に」
クリアの『街』から外れた辺境のもっとも高い山、その頂上がやっと見えてくる。
そこには小さな一件の家があった。
「はい、ゴール」
ネメシスは頂上の家の前に立つ。
「ごきげんよう、旦那と姉さん」
ネメシスは迷うことなく、勢いよく家のドアを開け放った。



「……で、ぬけぬけと俺の所に顔を出すわけか?」
「いやあ、あたしとしてもね、あんまり旦那とは顔を合わせたくないんだよ、旦那は怖い人だからね……」
ネメシスと向き合って床に座っているのはルーファスだった。
ルーファスはネメシスと話ながらも、両手で妙な棒のような物を弄っている。
ネツァクは、ネメシスより少し後ろの床に座って、二人のやりとりを無言で見つめていた。
何か妙な気分である。
目の前の男と会ったことがあるようなないような、知っているような知らないような……ハッキリとしない気分だった。
それとは別にこの男に対して気になることがある。
「……お前、人間か?」
ネツァクは男に会ってからずっと気になっていたことを口にした。
「さあね、何見える?」
ルーファスは微笑を浮かべると、値踏みするようにネツァクを見つめる。
「なるほどね……で、この小娘に相応しい剣を見繕って欲しいってわけだ」
「そう、あとさっき話したこれも直して欲しいんだけど……」
ネメシスはスカートの中から、剣の柄といくつかの紫水晶を差し出した。
スレイヴィアの洞窟でネツァクが捨てた紫光剣の残骸である。
「ふん、そうだな……三時間……いや、二時間あれば十分だな」
「そんなあっさりとすぐに直るの?」
「一目見れば全てが解る程シンプルな構造だからな……まあ、それでも作れる人間は少ない特殊な作りでも同時にあるわけだよ……よっと、できた」
ルーファスは棒を剣の柄のように左手で握ると横に振った。
直後、ネメシスの姿が、ネツァクの背後に移動完了している。
「いや、逃げなくても当てないし……」
ルーファスの左手には細身の両刃の剣が生まれていた。
「嘘……動かなかったら、あたし真っ二つになってたよ……」
ネメシスはネツァクの背中に隠れるように張り付いている。
「……殆ど見えなかった……」
ネメシスではなく、自分がネメシスの位置に座っていたら、回避できる自信がネツァクにはなかった。
「いや、これ元はパープルで買った玩具だからさ、お前を切断できるほどの切れ味ないって……」
ルーファスがもう一度剣を横に振るうと、刃は消滅し剣はただの棒に戻る。
「さてと、じゃあ、直してやるから、二時間ぐらい時間を潰してろ」
ルーファスは棒を懐にしまうと、紫光剣の残骸を全て拾い上げた。
「ヘスティア」
「はい」
「なっ……」
ルーファスの呼び声に答えるように、ネツァクの背後に声と共に気配が生まれる。
「はぁい、姉さん! 改めてお久しぶり?……って感じかな」
ネメシスは軽いノリで、ネツァクの背後に立っている女性に挨拶をした。
「元気そうで何よりです、ネメシス」
長い金髪の白いドレスの美女。
「姉さん?」
確かに金髪の美女の顔立ちは、この前の水色の髪の美女と、それにネメシスとも似ていないこともなかった。
だが、どこか冷たい印象のした水色の髪の美女や、悪戯っぽい雰囲気のネメシスと違って、金髪の美女はどこまでも穏やかで慈愛に満ちた雰囲気を感じさせる。
「ネツァク、紹介するね。ヘスティア姉さん、あたし達九姉妹の一番上の姉さん。ちなみに、この前の姉さんは上から七番目の姉さん、まあ、あたしの一つ上って言った方が解りやすいかな?」
「……つまり、お前には七人の姉と一人の妹が居るということか?」
「そう双子の可愛い妹がね……まあ、姉さん達は変わり者というか、質の悪い人ばかりだけど、ヘスティア姉さんは普通に良い姉さんだから安心だよ」
「……良い姉さん……?」
「ネメシス、あなたもひとのことはあまり言えませんよ。というより、皆の悪口を言ってはいけません。皆、それぞれ個性的なだけなのですから……」
ヘスティアが優しい笑顔と口調でメッですよといった具合に、ネメシスを窘めた。
「は〜い、姉さん」
ネメシスにしては珍しく素直に返事をする。
「ヘスティア、俺が奥に籠もっている間、地下にでも案内してやれ」
「畏まりました、御主人様」
ヘスティアは、奥の部屋へと消えていくルーファスの背中に深々と頭を下げた。
「……ふう、それにしても、姉さんもとんでもない旦那を選ぶよね……」
ルーファスの姿が完全に消えたのを確認すると、安堵のため息と共にネメシスが口を開く。
「そうですか? 私は最高の御方を伴侶に選んだつもりですが……あの御方以上に強い方も、あの御方以上に美しい方も、あの御方以上に私と相性の良い方も、この世に存在しません……それなのに、あの御方を選ばないことの方が不自然だと思いませんか?」
「まあ、確かにね……でも、あたしだったらあの旦那だけか御免だよ……怖いもん」
「……怖い?」
確かに、あの男が徒者でないのは解る。
しかし、ネツァクはあの男から得体の知れ無さは感じても、ネメシスの言うような恐怖は感じていなかった。
「最強のあなたが怖いですか? いえ、最強ゆえに誰よりも良く解るのですね、あの御方の本質が……」
ヘスティアは穏やかに微笑する
「では、ご案内致します、私の後をついてきてくださいね」
ヘスティアは二人を誘うように歩き出した。



武器庫……としか言いようのない場所。
小さな家の地下とは思えない、広大な倉庫を無数の武器が埋め尽くしていた。
「これ、全部、旦那が作った武器?」
「いえ、三分の二程は御主人様が収拾された聖剣魔剣の類です」
「三分の一は作った武器なのね……それでも充分凄い量だと思うけど……何よりこの倉庫にある武器は普通の武器が一個もないってところが凄すぎ……」
「ただの鉄や鋼でできた武器など作る必要も、コレクションする必要もない……というのが御主人様のお考えです」
「なるほど武器マニアでもあるんだね、旦那は……作るだけじゃなくて、集めるのも好きなんだ……」
ネメシスは感心したのか、呆れたのか、よく解らない表情で呟く。
「ブランドやアンティーク……古さや伝統などに価値はありません、もっとも重要な価値とは『力』です……とはいえ、古い武器ほど『力』も自然に宿ったりすることも多いものでもありますが……」
「…………」
ネツァクはヘスティアの話は殆ど聞いていなかった。
ここにある武器の凄さに目を奪われていたからである。
「試しに『使って』みても宜しいですよ、ネツァク様」
ネツァクの心を読んだかのように、ヘスティアが声をかけた。
「……本当か?」
「ええ、どうぞ」
ネツァクは足元にあった一本の極東刀を拾い上げると、抜刀する。
「……悪くない。マルクトの刀以上の業物……それに魔力も宿っている……」
「お目が高いですね。それは正宗と言いまして、極東の刀の中でも最高級の品……しかも魔剣としてもかなりの……あら? 刀だから魔刀と言うべきでしょうか?」
ヘスティアは頬に左手を当てて考え込むような仕草を見せた。
「……これは……赤と青の対の聖剣……か?」
ネツァクは正宗を元の場所に戻すと、赤と青の色違いの直剣を拾い上げる。
「朱と蒼のエクスカリバー、それぞれ灼熱の炎と絶対零度の吹雪を吐き出すとても便利な聖剣です。さらに二本を同時に使った場合……」
ネツァクは、ヘスティアが聖剣の説明をしている間にも、すでに次の武器を物色していた。
ネツァクは次々に武器を試していく。
どれも間違いなくレアもレア、伝説クラスの聖剣や魔剣ばかりだった。
ネツァクが試しているのはその剣の強さではない。
相性、フィーリングとでもいうものだった。
どの剣も間違いなく、自分の力や魔力に耐えて余りうるだけの器は持っているだろう。
だが、どうもどれもピンとこなかった。
「……ん?……アレは……?」
物色しながら奥の壁の近くまで来ていたネツァクは、奥の壁に鎖で雁字搦めされて貼り付けられている一本の剣に気づく。
「……それは……やめた方がいいと思いますよ」
さっきまで朗らかで明るかったヘスティアの声が、急に真面目で厳しいものに変化した。
「……なぜだ……私では使い来なせないからか?」
「はい」
ヘスティアはきっぱりと返事をする。
ネツァクは怒ったりはしなかった。
この剣はさっきまで試していた聖剣や魔剣とは根本的に何かが違うということを肌で感じていたからである。
「なんか見てるだけで底冷えでもするような感じのする剣ね……」
ネメシスはその剣をそう評した。
白い刃に黒い美しい紋様のされた大剣。
「刃も厚い……斬るためではなく叩き潰すための剣なのか……?」
「いいえ、ありとあらゆるものを跡形もなく粉砕するのがその剣のスタイルです」
「……面白い。名は?」
「名前はありません。ただ、御主人様はその剣のことをこう呼びます……異界竜の牙……と……」
「いいいいいいいいいっ!?」
いきなり妙な声を出したのはネメシスだった。
「嘘……姉さん……これ、アレなの!?……アレでできてるわけ、ホントに!?」
ネメシスは明らかに混乱しているというか、焦っているように見える。
「……ネメシス、この剣がどういう物か知っているのか?」
「……剣? 剣なんて呼べるものじゃないわよ、それは! だって、それは……」
「落ち着きなさい、ネメシス。確かにその剣はアレからできていますが、アレ自身というわけではないのですから……」
「……そう、そうよね……たかが牙一本よね……それにきっともう腐っているわよ!」
「話が見えないのだが……」
「ああ、すみませんでした。解りやすく言うのなら、その剣……正確に言うならその剣の材料はこの世に存在しているのが信じがたい、いえ、存在していてはいけないモノなのです」
「……あたしが凄く解りやすく説明してあげようか、ネツァク」
ネメシスはヘスティアにあやされて、ようやく落ち着きを少し取り戻したようだった。
「それは単純な『剣』として考えるな十神剣の上を行く剣よ……」
「なっ……」
「十神剣を破壊できるのは同じく十神剣だけという原則を逸脱する唯一ともいうべき『例外』……それがそれよ」
「神剣の上を行くもの……では、これはなんと呼ばれるものなのだ?」
「だから、『牙』よ……この世で最強の牙……いいえ、この世に存在していてはいけない禁断の牙よっ」
「……よくは解らないが……とにかく気に入った」
ネツァクは異界竜の牙の柄に手を伸ばす。
「馬鹿っ! 身の程を知りなさい! 神剣にすら選ばれないあなたが、それを使えるは……」
ネツァクはネメシスの声を無視して、異界竜の牙の柄をしっかりと掴んだ。
次の瞬間、異界竜の牙を拘束する全ての鎖が弾け跳ぶ。
そして、異界竜の牙は、自らを掴むネツァクの体を斜め一文字に切り裂いた。













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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜